Tellurは、……現在色々物色中です。

「断章のグリム」(甲田学人、電撃文庫)感想文

2013年8月18日  2017年2月24日 
 お久しぶり。
1年近く何も更新しなかった言い訳は抜きにして早速本題を。

 書きかけ記事処分週間。
 甲田学人氏が新しいシリーズを順調に出しているので、ここらで僕も自分の記事をまとめなくちゃ一生お蔵入りになりそう……。
 なお、昔、こんな感想文を書いたけど、色々考えを変えた所がある。「成長」って言葉はこういう時に使うんだね!

 かつて「本当は恐ろしいグリム童話」というブームがあった。普通の人が慣れ親しんでいるグリム童話は、フランス民話をグリム兄弟が収集しマイルドにした上で日本の出版社で童話として易しくしているバージョンである。だからこそ、民話の持つ生々しさや不条理さに驚き流行になったのだろうと思っている(ちなみにグリム童話自体はWikipedeia参照)。日本の民話も負けず劣らずほんのり怖いのだが、今の時代で日本の民話に興味をもっている人などある種のマニアだけだから。別に僕が日本の民話を嫌っているわけじゃなく、むしろ六部殺しなんて今でこそ一部の界隈の定番ネタだが、知った当時はかなり新鮮だった。でも所詮日本の民話、マイナーな存在だ。
 だから何だかんだ言っても、「本当は恐ろしい~」はグリム童話が題材だったからこそ流行ったのだろうと考えている。で、結局ブームはそれっきりだったことはもったいない。
 それでも民話などへの興味を掻き立てられた人は多いので、重要なムーブメントでもあった。僕自身トゥルーデおばさんなどはドジョウ4匹目位の釣竿で知ったのだから。

 で、この作品はそんな人々に身近な存在である童話を念頭においた小説だ。童話の中の血の臭いを極限までに増幅した、そんな内容。昔、甲田学人氏は電撃文庫で「Missing」という学園ホラーものを書いていた。ホラー学園とすると意味が違ってくる不思議。「Missing」は神隠しを始めとする民話・都市伝説を食材としており、「断章のグリム」は「Missing」の正当な後継者だったのだ。どちらも宮田登氏や小松和彦氏に興味のある人間だったら楽しく読めるはず(……と、当初は思っていたが、新シリーズ「ノロワレ」を読むとちょっと違う気がしてきた。むしろ、「断章のグリム」は正当のバトル物だと今では感じる)。
 「Missing」との相違点を挙げると、
・イラストレーターが変わった
・ネタがグリム童話になり、モチーフの解説を行うなどミステリーっぽくなった
・バトル物になった(以前の感想文では異能バトルじゃないと書いたけど、考えてみれば異能バトルど真ん中だった)
・グロ表現が増えた
くらいだろう。

 ヒーロー・バトル物としては非常に正統派で、テンプレートを守っている。雪乃(ヒロイン)も蒼衣(主人公)もトラウマを抱えており、必殺技が存在し、しかも決め台詞まで持っているという古風な造形である。さらに外見・性格だって雪乃はゴシックロリータのツンデレで、蒼衣は気が弱いけれど責任感があり以下略で、まるで大塚英志氏のキャラクター作成入門を読んでいるかのようだった。そういった点からヒーロー小説として真っ当な印象を受けた。
 また、完全に人間の感情・性から切り離されているからホラーとしての怖さがないことも特徴的だ。普通のホラー小説は自分の身の回りでも起こりそうだったり、シチュエーションを経験したことがあるから怖いのだ。深夜、暗闇の中、1人だけで鏡をじっと見つめたこと、不安を抱えていた時などに人形と目があって心を見透かされる錯覚を覚えたこと、他人に昏い感情を抱き、心のなかでその人を切り刻んだことなど、誰でも持っている感情を刺激するから恐ろしさとなるのだろう。前作Missingはそうだった。
 だが恐怖の原因を神に結びつけ、しかも異変(ホラーの中身)を例えば家の中でモンスターが暴れ回るなどパニック物とした「断章のグリム」は、読んでいて恐ろしさを感じさせない。少なくとも怖さの質が、夜中に歩けないとかではなく人体の破損や融合であったり猛獣に襲われるみたいな方向性になってると思う。やはり「Missing」が怖すぎたためにマイルドにしたのだろうか。モンスター退治をするシチュエーションも主人公のヒーロー性を強調する効果があり余計にホラーでなくなっている気がする。

 内容は、恐怖という神の呪いによって壊され、壊れ、壊していく人々を描いている。神という言葉を使っているが、要は超自然的な、人間を超える恐怖――作品中で明示されていないものの、その意味ではクトゥルフ的な――がその原因で、そして人間によって起こされた事件でしかないのだ。それゆえ事件を収束させることができるのは同じ人間であり、また主人公たち正義の味方であってもいつかは自らの恐怖に飲み込まれ死んでしまうことが示唆されている。実際、童話をモチーフとした様々な事件に巻き込まれ、生き残った人間は非常に少ない。主人公に好意的な人物すらも大半が死亡するレベル。蒼衣ですら物語後半では感情を不安定にしており、果たして最終巻のエピローグで生きていられるかどうかは、読んでのお楽しみ。このラストに僕は不満はない。

 面白いのは蒼衣の親や友人の出番がほぼなかったことだ。蒼衣は学生であるので親も友人も当然いる。普通のホラー作品なら彼らを巻き込む事件の1つや2つを出して盛り上げるのだが……この作品ではそんなシーンは存在しない。最終巻で蒼衣の親が事件に巻き込まれて死ぬのだが(一応はネタバレだと思うんだけど、読者からすると「ああ、そういえばいたね……」レベルでネタバレにすらならないと判断)それまでに登場しないから何の感情も動かない、と言うかセリフの中でしか言及されないので蒼衣が親の話題をするってことは実は既に親は死んでいて蒼衣の精神が異常だったことなどの伏線かもしれないと思ってたくらいだ。学校の友人に至っては出さないほうが本の密度が上がった気がするレベル。もしかしたら、途中で学園モノにしたかったのかな、だから学校の描写をノルマのように入れてたのかな、と読者が勝手に勘ぐってしまう始末。いやはや正直、今の時代にこんな揚げ足取りをするつもりはなかったが、でもいらないもん。中途半端に出すくらいなら雪乃みたいに設定上のみ保護者が存在する形にした方が良かったのでないかなーと思った。上手く使えば親・友人の存在を「普通の生活」の象徴として描いて、それを壊すことで蒼衣の絶望を描けると(あ、殺しちゃった)思ったので残念。

* * *

 この作品の一般的な評価はグロいってことに尽きると思う。2chまとめサイトでファン自らグログロ言ってるからまあそうなんだろうなー。少なくとも執拗に書かれる人体損壊の描写は良くも悪くもこの本の特徴である。ただ個人的にはそこまでグロいとは……。ただ僕はそれこそウェブ上のエロ小説とかで文字の上での過激な描写を延々と浴びていたので、感覚が麻痺ってるのかもしれない。ちなみに「断章のグリム」を気分のすぐれない時に読むとばっちし体調が悪くなるよ。
 まあ、上にも書いたとおり異変をモンスターやらお化け屋敷的な大仰なものにしてしまったので、原因が人間の心の闇であってもどうしてもモンスターパニックものになってしまうのは仕方がない。さらに、この作品の登場人物は主人公であってもどこか心が壊れてるから感情移入がしにくいのだ。最初に読んだ時、なんで蒼衣がそこまで「普通」を求めているのかわからなかった。途中で実は蒼衣も(災いに関わった人間の常として)多少の狂人であることに気付いて気持ち悪さは薄れたのだ。そういう意味でも怖いとか不安だとか読者の感情に訴えるタイプのホラー作品ではないことがわかる。さらに、物語中で蒼衣たちの活動を知っている一般人が災いの元凶となった人物ですらいないことが特徴だ。誰にも相談できず、逃げることもできずに蒼衣が怪異の原因を探し出す姿は格好良いのだが、逆にホラーっぽさを下げる感がある。「パラサイト・イヴな」ど、最近のホラー小説はなぜか怪異の原因を突き止める方向に向かってしまうのだが(正直、ホラーだけでなく日常を描いた作品でもミステリーっぽさを出すのはやめてほしい。例に出してしまい申し訳ないが日常もの兼都市伝説ものの「黄昏乙女×アムネジア」も何でいちいち謎が出てくるんだ)、それやると怖さが半減するんだよなあ。都市伝説って呼ばれる噂話の一部は本気で怖く感じたんだが、怖かった理由の1つは中途半端だったことに尽きるんだ。奇妙な出来事、その原因なんてわからない、その結末も尻切れトンボ。そういう変なお話がみんなも怖いんだと思う。そう考えるとこの作品ってのはディテールを事細かに書くことからも怖さへの比重は軽いことがわかる(っていうか作者もホラーとは言ってないし)。
 とはいえ、ミステリーというか謎解きものとしても怖さレベルがガンガン下がるけど意外性もあり面白い。いや、謎解きが面白いというのはこの作品の場合怖さが薄れることを意味するので褒め言葉ではないのか? 何にせよ、次回作もこんな作風なら一冊でホラーも謎解きも両方楽しめてうれしい(って書いてたら次回シリーズの「ノロワレ」は和風ホラーだよ! やった! 出てくる怪異もモンスターじゃなくて腕だったり気配だったり結構怖いよ! やった! 謎解きも「断章のグリム」みたいに理知的に淡々とするんじゃなくて周辺の類似文化を挙げるだけだから怖さが残ったままだよ! やった!)。

* * *

 そうそう、大事なことを書き忘れてた。この作品がバトル物なのはすでに述べたとおりだが、人間があまり絡んでいないということを言うのを忘れていた。悪の組織がないってだけじゃなく、人間が主体的に人に危害を加えるシーンがほぼ最終巻まで書かれていない。上で述べたように事件の原因が人間の感情・性から切り離されているって話題にもつながるんだけど、閉鎖都市で闇から現れる存在から逃げるってのは映画「エイリアン」に近い感覚がある。「エイリアン」とは異なる点は人間同士の内輪もめとかがない……ああ、やっぱり人間同士のやり取りが極めて薄いんだな「断章のグリム」って(この人間同士の関係の薄さは完全に意図的であり、それは蒼衣たちの外界を見る目にもつながる。蒼衣は目立たないという言葉を隠れ蓑に他人との間に一線を引くし、雪乃は言動で明らかなように他人を拒否する。ちびすけ2人もそれぞれ記憶が失われたり心を閉ざしたりで他人と交わることが根本的にできない。まあ、それが上で書いたように蒼衣の親の影の薄さの要因となり、その死を効果的に使えないという原因でもあると思う)。

 というわけで非常に良い本。血とか肉とかの痛々しい描写が我慢出来るならバトル物として、もしくは事件発生の原因を探るミステリーとして楽しめると思う。でも正直、主人公にあまり共感できなかったから主人公になりきって本を読む人には向いていないかもしれない。主人公も傷ついちゃうから痛々しいし。
 だから次回シリーズの「ノロワレ」をみんなも読もう!(←もともとはこんな締めじゃなかったんだけど、「ノロワレ」読んでツボにハマッちゃった。「ノロワレ」の感想文ってか紹介はまた次回)。
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