Tellurは、……現在色々物色中です。

「0ベース思考」(スティーヴン・レヴィット&スティーヴン・ダヴナー、ダイヤモンド社、2015/2/13)

2015年2月19日  2015年2月19日 
 最後の章にこう書かれている。
「ウィンストン・チャーチルは、じつは歴史上最も偉大な『やめちゃった人』でもある。」(略)「どんなに希望のないときでも、チャーチルはヒトラーに1ミリも譲歩しなかった。」(略)「チャーチルが本当に必要なときに最後まで戦い抜く、不屈の精神を培うことができたのは、それまでの長い年月のあいだ、いろんなことをやめた経験があったからなんだろう。そうするうちに、何を捨て去るべきか、捨て去るべきでないかを見きわめる目をもつようになったのだ。」
(pp.271-272)

 この文はウィンストン・チャーチルが第二次大戦でヒトラー率いるドイツに徹底抗戦したという「やめなかった人」としてのエピソードを紹介した上でのちゃぶ台返しである。ある行為を「やめ」ずに続けることは時として不利益があるんだよ、国家など責任ある立場ならともかく個人なら別に「やめ」ても構わないんだよ、という文脈としてチャーチルを「やめなかった人」と位置づけていたのだった。書き手はいわゆる三十六計逃げるに如かず的な処世術を合理的とみなしており、でもウィンストン・チャーチルの優れたところは逃げてはいけない局面を見きわめるところだと言いたいのだろう。それがこの本の最大の欠点でもある。


 この本はそれまでのシリーズ(ヤバイ経済学=経済や統計を実際に調べてこんなことがわかりました~)とは異なり、思考術についての本である。一種の自己啓発本だ。
 当然、ヤバイ経済学シリーズの筆者たちだから、凡百の使えない思考術本とは異なる視点からのメソッドが書かれているのだろう、と期待する人は多いだろう。実は僕、今までのヤバイ経済学系列の本だと思ってたよ……。
 それはともかく、読み進めると「普通」の思考術本と代わり映えしなくなる。多少数字を元にした思考法が強調されているくらいか(と言っても、それが彼らの主張なので数字云々は特段のセールスポイントにはならない)。

 僕がここであまり良い感じの書評を書かないのは、肝心のことが書かれていないから。
 具体的には、最初に引用した逃げる局面と逃げてはいけない局面の見極め。冷静に考えると普通の人間には判断できないよ。いや、筆者たちはその少し前に埋没費用と機会費用という形でコストを比較せよと言う。それはわかる。迷っている人は誰でも多少は比較するだろう。でも普通の人は機会費用なんて計算出来ない。

 この本のいやらしいところは、意思決定を行う上で具体的手法や思考の流れが書かれていないところだ。
 97ページ、ドイツの村毎の収入格差が大昔の地域ごとの宗教の受容と関連があるという例を見よう。なぜ、エライ人は現在の収入格差と大昔の宗教が関連すると、しかも偶然なんかじゃないと気付いたのか……それは書かれていない。ひたすら研究した成果っぽく書かれているが、それは思考術の答えとしては不十分である。

 このような感じでいまいち納得できなかった。天才は発想も天才だから結果を出せているんだねーというのがわかったくらい。
 思考術について色々具体例があるが、どれも成功した例ばかりなのもマイナスポイント。当然、デメリットもあるし(彼らの出すデメリットは、著者2人がイギリス首相の前でも「0ベース思考」を行ったせいで政府から白い目で見られたなどのエピソードを始めとする武勇伝しかない))、思考術が有効に働かなかったことだってあるはずだ。使える場面と使えない場面を正しく見極めてこそ道具として信頼性が出ると思うのだが、この本には良いことしか書かれていない。


 最後に、章ごとのテーマを他の自己啓発本と比べてみよう。恐ろしいほど一致するはずだ。ある意味でそれが前のシリーズに比べて面白くなく感じた理由かもしれない。だって主張としては他のクズ本と変わらないんだもの。彼らが目指すべきだった「0ベース思考」の本は、例えば「その数学が戦略を決める」(イアン・エアーズ 、文春文庫、2010/6/10 )がある。
 僕は彼らに考えの哲学ではなく、考えるツールを求めていた。どうも失敗だったらしい。
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