Tellurは、……現在色々物色中です。

「ランスX 決戦」(アリスソフト、2018)

2018年3月22日  2018年3月22日 
※ネタバレしてます&普段はキャラクター名を出さずに感想を書く方針ですが、キャラクターの多いこの作品は名前を出さないと書ききれませんでした。。。

 ついに終わってしまったというべきか、やっと無事に完結できたと言うべきか……。思えば同じく横綱と呼ばれたelfが消える中、よくもまあ作り続けたものだと思う。
 本作ランスXは「平成を駆け抜けたゲーム」と評されることもあるシリーズだが、まさにあの時代に生まれた奇跡であり、今まで29年10作品一貫して同じ主人公・同一世界観・同じレギュラーキャラクターを登場させストーリーを紡ぎ続き、そして業界も徐々に衰退し日本のゲーム業界自体が変動する中でついに完結したとんでもない作品である。ランスシリーズは色々と他作品の追随を許さない特徴があるが、最大級の幸運は、エロゲー黎明期であるあの時代に生まれたことだと思う。
 ランスシリーズは、エロゲーはもとより、そこらのコンテンツでは太刀打ちできない設定量を誇るが、少し調べると分かる通り後付で継ぎ足され(ランス3時点では無敵結界がなかったしそのため魔剣カオスも強い剣程度であった)、時には製作中にいきなりストーリーが変更され(ランス3でパットンは死ぬ予定だったが、助けるためにハンティが作られた)、ファジーさと呼ばれるアリスソフト特有の設定のブレがあり(魔王トロス……)、そもそもストーリーに絡まないキャラクターはいるは忘れられたキャラクターはいるは(ランス1のヒカリはやっとランクエ=8で登場し、ノア・セーリングはランクエでノア・ハコブネという名前になっていたり)、ギャグとしてストーリーと合わないような設定も混じっており(ランクエ時のリズナの後日談=魔人化)、その癖無駄に設定だけは作り込み(フレッチャー・モーデルの過去とか)、そしてなんとシリーズの途中で一度完結編を作ってしまう(鬼畜王ランス)!
 そのせいで旧設定やら新設定やらいつの間にかの設定の変更が入り乱れ、設定ファンサイトの「ひつじ村別館」ではファンの議論がエライこととなっており、ランスシリーズ以外だと絶対にブーイングの嵐になることは容易に予想できる。逆に言えば、ランスシリーズだから、ランスシリーズは昔からそういうものとして設定の甘さをファンが好意的に脳内補完し、設定の厳密さよりも様々なキャラクターが自由に暴れることを望み、ファン人気が高い作品すら「番外編」として正史扱いせず、結末の1つが提示されていても前に進み続けたストーリーをファンが受け入れたという面はあろう。
 そこまで期待されていたランスXはどうだったかというと……。



 元々僕がランスシリーズに触れたのはそこまで早くなく、エロゲー歴的には10数作目、それもエスカレイヤー→大悪司→ランス5D→鬼畜王ランス→ランス6→それ以降とそれ以前のアリス作品という順だったと記憶している。順番が少し違うかもしれないけど。ラインナップ的には織音氏―むつみまさと氏時代を遊んでいた。最初はそこまで熱心なファンではなかったが、大悪司でアリスソフトの信者になり、今でも遊んでいる唯一のエロゲーメーカーとなっている。ファイブスター物語を好むような設定オタクでもあるため、ランスシリーズにはドハマリし(同時にアリスソフト特有の大らかさに度肝を抜かれ)今に至っている。
 つまり僕は別に昔からのアリスソフトのファンではなく、ランスシリーズもシリーズ中期(5D以降)のファンでしかない。最近のランス君はヌルいというか大人になったと言われているが、まさに大人になって以降の姿しか知らず(鬼畜王ランスは思い入れないし)、その完結編としてランスXにはとても興奮し睡眠時間を削って遊んでいた。
 舞台はヘルマン革命(ランス9)が終わって1年後。ついにケイブリス軍が人類へ攻めてくるところから始まる。前作ランス9は徹頭徹尾人間同士の物語となっており、魔人が絡まないのは意図はわかるが少々不足気味だと思っていたが納得。ランスXのこのボリュームを見ると下手にランス9で魔人を退場させたらつまらなくなる。プロモーションムービーの魔人の紹介ラッシュを見ると大興奮だ。これぞシリーズ最終作、と言わんばかり。1体でも1国の軍が束になってかかっても倒せない魔人が、9体も10体も紹介されて、どうやって戦うの? って感じ。
 (ゲーム世界の)常識では絶対にどうしようもない魔人だが、主人公であるランス君は類まれなる才能を発揮してなんと次々に撃破していく。これに興奮しなくて何を楽しむのだ。正直、設定的に多すぎるため初ランスシリーズが今作な人にはキツい気がするが(実際、ランス10攻略まとめwikiや先のひつじ村別館を見るとルドラサウムのことを知らなかったり、知ってても強いボス程度の認識の人も多そうだ)、過去1作でも遊んでいたら今作をプレイすると良い。

 ゲームジャンルは……なんと呼べば良いのだろう。スゴロク式のマップは、あくまでADV画面と分岐をプレイヤーにわかりやすく見せるためのもので、これ自体さり気なく画期的だが、戦闘システムは独自性の固まり。スマホカードゲームは全然知らないんだけど、今のカードゲームってこういうのなの? 膨大なキャラクターをカード集めで表現し、カードを集めることと味方を強くすることと戦闘キャラを選ぶことが見事に融合しててちょっと凄い。もしアリスソフト独自のシステムなら、まだまだアリスソフトは健在だと感じた。ちゃんとボードゲームを遊ぶようになってわかったが、ランス03のカードをオープンしてダンジョンを進むシステムとか、自分の手番で行える行動の上限が決まり敵も同じ様に行動する地域制圧型シミュレーションとか、大量のカードを集めることでランダム性を薄めて攻略の定石を作る今作のランスXとか、アリスの作品はボードゲームなんだなと改めてわかった。
 戦闘システムは見事でバランスが良い。もちろん、魔人を特殊条件で倒したり、一気に2体倒す(通称2枚抜き)なら攻略情報というか定石必須(それですら確定キャラだけで何とかクリアできそう)なんだけど、単純に力押しでも十分遊べ、戦闘システムへの理解が少しずつ深まるに連れ、様々な戦術を取れるのが素晴らしい。カードドロップ率の関係でセーブ&ロード必須の難易度なので(ここは不満。カードを集めて強くするシステムなら、100%ドロップで良かったと思う)、詰まれば攻略方法を変えてみてトライすることができるので攻略の楽しみがあったと思う。力押しだけじゃない攻略法を思いついた時、このゲームの奥の深さを感じると思う(僕がそう思ったきっかけは、魔人レイをタイマンで倒した時。正面から戦うとカウンターで負けるが、カオス投擲ランスを投入してみるとなんと簡単に勝てた)。

 一方で、システム周りは文章スキップはあれどシーンスキップはないので時間がかかるなど多少の不満はある。
 また、繰り返しプレイをする際、引継の仕様はちょっと足りなかったと思う。ランスXはセーブデータを駆使しても4周くらいはするはめになると思うのだが、お気に入りのカードを数枚でも良いから引き継げたり、食券イベントコンプリートでキャラクリが付くと繰り返しプレイのモチベーションは上がった。食券だけど、1プレイ当たり入手できる食券数に限りがあるので全てのイベントを見るには相当時間がかかる。しかも食券を投じれるキャラもランダムで決まるので、正直面倒だし同じ展開ばっかりで飽きる。大悪司の周回システムを参考にして欲しかった。
 ついでにべた褒めの戦闘システムだが、敵に応じてデッキ(ゲームの用語ではリーダー)を組み替える必要が何回もあるので、デッキを3つくらい記憶できれば手間が省けたと思う。ランクエでもパーティを3、4パターン記憶できたと思うので、パッチで実装されて欲しい。

 キャラボイス? 当然正史のランスシリーズだから付かない。大悪司ですら一部の戦闘ボイスに声があった(「ああーん」って言ってた 笑)から名実ともにボイスなし。というか、今どき完全ボイスレスゲームでここまで売上があって、話題になったのは凄い。

 音楽はPromotion Movie、魔物界、Normal Battle、Oh-Boss、underworld、天上、決戦、the end、Grand Ending Movieなど何度も聞きたい曲がありサントラまで買ってしまった。特に戦闘曲は雑魚戦ですら攻略方法を考える必要もあって、どれも印象に残った。Hシーンが我が栄光の日でないのが残念だったが、これはもしやクリアA最後のあのシーンのため? できれば最終作なので何度か我が栄光の日を聞きたかった。

 ストーリー的には、やはりランス君は世界のバグというか主人公なんだなと思った。メンタルが完全に他の登場人物と異なるというか、半ばプレイヤーと同化しているのだ。好戦的とも見えるんだけど、正確には常識や世界のシステムに挑戦し続け、最後にクリア方法を見つける存在なのだ。ルドラサウム視点では、主人公はルドラサウムでキャラクターは単なる登場人物でしかないが、でも実はランス君こそが主人公でルドラサウムですら登場人物の1つでしかないってのが今作を通しての印象だった。そう、だからランス君が主人公を降りたとき、ランス君はシィルちゃんに告白という独自の行動を取ってしまい、シリーズも完結してしまうしかなかったのだろう。
 エンディングもそこまでやるか! というレベル。美樹ちゃんが魔王に覚醒したり、ケイブリスが魔王になるシーンなんて当たり前。魔王問題を解決していない美樹ちゃんが元の世界に戻ってしまったり、神の国に殴り込むエンディングや、美樹ちゃんを氷漬けにして魔王化の解決策を探すエンディングなど様々なバッドエンドが用意されている。僕はクリアCからB、Aの順にクリアしていったので、余計にクリアAへの思い入れができた。エンディングのバリエーションというか、設定の語り具合は完全に鬼畜王ランスを超えている。

 衝撃的だったクリアAのエンディングもよくぞやってくれた、という展開だった。そもそもランス君のことを知ればシィルちゃんが弱点で、そして意外にシィルちゃんの扱いはぞんざい(身の安全的に)だということがわかる。魔軍との戦争中はランス君も主人公補正があったが、では主人公補正がなかったら……? というのがあのエンディングだ。元々世界観的には簡単に人が死んでおり、ギャグとは言えランス君も簡単に人を殺す(ずざー!→ぎゃあー! のテキストの流れで処理されるシーンが今までのシリーズで何度あったことか)。客観的に見て、ランス君は良いことも極めて悪いこともいっぱい行っており、恨まれる人には事欠かない。ランスXで英雄としての側面が強調されれば強調されるほど忘れていた負の側面の存在が大きくなり、復讐されるのだ。シィルちゃんを殺したのが魔人でもミネバみたいな敵役でもなく、顔見知りの雑魚でしかないバードであったのは完全に意図的だろう。戦争中ランス君は何度も運良く切り抜けていたが、そのような主人公的な振る舞いをすればするほど、正史となるシィルちゃんの死亡が大きな印象を与えるわけで。



 賛否の入り乱れる「第二部」。無邪気で冷酷な創造神であるルドラサウムが1人の人間としてこの世界を旅し、家族と出会い、友達を作り、楽しさを見つけて人間に愛着を持たせ世界の終焉を阻止するという本当の結末まで(それこそ鬼畜王ランスよりもさらに踏み込んで)描いたエピソードであり、ランス君がシィルちゃんに愛の告白をするというこれまた結末を描いてもあり、子供=ルドラサウム=プレイヤーから見た偉大な大人=ランスシリーズに「自分らはもうロートルだ」と言わせランスシリーズからの卒業を促し(ひつじ村ではアリスソフト内の世代交代の比喩でもあると書かれており、確かにそうかもしれない)、スタッフロールでランス君の大往生を描くことでシリーズの完結を宣言する。そればかりでなく、ルドラサウムという無邪気な子供と評される創造神(そう言えば、ランス君も「大きな子供」と呼ばれていて、ルドラサウムが対比されている)が他人の遊びを外部から眺めるよりも自分で遊んだほうが面白く愛着が持てると気付くゲームをテーマにしたメタ性もあるし、ランス君の子どもたちというランス君のいない旅を描くことでランス君がいかに魅力的だったかプレイヤーに思い出させる内容でもあった(第二部は途中まで薄いとか類型的とか言われているが、クルックーの意図したゲームバランスであると共に、ランス君がいないことを強調した結果でもあるだろう。イブニクルみたいな珍道中にしなく、ほんわか感動ものなのは制作陣がわざとやってると思う。また、ご都合主義や幸運はランス君も普通にあったりするんだけどランス君だからで大目に見られているってことを改めてプレイヤーに感じさせる効果もあった)。
 だから、ランス君が正気を取り戻した以降の怒涛の展開、どう考えても勝てない相手に立ち向かってしまうありえなさ、そして見事に勝ててしまうとんでもなさは、改めてランス君の偉大さ、ひいては本当の意味でランス君はルドラサウム世界の主人公なのだとプレイヤーに気付かせるようにしているのだろう。血の記憶との戦いで「俺様の活躍を見てるか」というようなことを喋っていたが、子供たちに向けているようで、恐らく魔王の血を通して勘づいたかもしれないルドラサウムへのセリフでもあり、さらに第四の壁を破ってプレイヤーにも投げかけている。思い返せば、ランス6ではそのまんまのスキル「主人公」を持っていたり、ランスXでもアリオス戦で「俺様は主人公」という趣旨のセリフを吐いていたではないか。
 そのためルドラサウム世界のルールばかりか、最終的にコンピューターゲームの構造まで相手にしたランス君の冒険はこれ以上描くことはなくなってしまったわけで、物足りなく感じる面はあっても、あとはもう完結しかない。鬼畜王ランスの「冒険へ……」エンディングでお茶を濁すこともできただろうに、ここまで描ききってくれて良かった。まあ、調べると納得できない人は結構いるみたいだけど、むしろ言い訳できないくらい完結させてしまったことで自分たちの思い描いていた結末と違う不満なんだろうな。僕としてはこのエンディングを見てしまえば、事前に予想されていたエンディングは正直、ちゃちいというか、物語が小さいというか、ランス君の完結としてはつまらないと感じた。

 それにしても、個性も強烈で戦闘力も強いランス君の子どもたちに囲まれても存在感を失わない長田君は第二部の癒やしだった。主人公が最初に出会う人物が長田君、そしてロッキーであることは色々と深読みできてしまう。設定的にはモブでしかないキャラクターでも世界(ルドラサウム)を救うキーマンになれるというのは、第一部で魔軍を退けたランスを絶望に追いやったのが、プレイヤーすら忘れていたバードであったことと対比されてると思う。ランス君はある意味で第二部でも主人公を奪うくらい名実ともに主人公であったが、そんな主人公を別にすれば世界を変えるのは有象無象のその他大勢なんだよ、と言っているようだ。

 最後にスタッフロールで流れる本当の「その後」。最初見たときはショックを受けたが、暇があれば何度も見返して、始終楽しそうな冒険を続けるランス君にはやっぱり涙は似合わないなと思った。ランス君の冒険はここで終わったけど、スターシステムとして今後も別作品にゲストキャラで楽しそうに出るはずだから、それを楽しもうかな、と。
 ある意味では本当の意味での「純愛」をテーマにした作品だったんだろうな。ランス君が性欲に忠実で、手を出しまくるから見えにくかっただけで、シィルちゃんとの関係が特に今作ではストーリーに関わってくるのだから。



 まだ全部はクリアしてないけど、今はそんな感じ。これほどリアルタイムで遊んで良かったと思った作品はない。今はネットが発達しすぎて頭でっかちになりがちなので、変な先入観を仕入れる前に通り一遍でも楽しさを見出し、意味を見つけ、やり遂げて良かった。こんな作品を送り出してくれたアリスソフトをこれからも応援し続けようと思った。
 ところで、今作はグナガンとご褒美CGは出てこないのかな?

 印象に残ったキャラは、
ランス君:問答無用で大好き。大往生まで見せてくれた。
シィルちゃん:ヒロインというか、裏主人公。思えば、戦国ランスよりランクエ・マグナムを経てランス9の最後で復活するまで出番がなかったのだから、満を持しての展開となった。普通、囚われのヒロインや攫われのヒロインは出番が少なくなって印象が薄れるはずだが、ランスXではランス君はシィルちゃんが好きってのが前提なので存在感が大きいのが面白かった。
クエルプラン:裏ヒロイン。魔王システムを何とかするためには1級神以上の協力が必要のためヒロインに抜擢されたと思っている。何だかんだでランスシリーズには珍しい健気な子で可愛かった。
サテラ:言動が矛盾していて人間らしいと思った。第二部でランス君を魔王にしようとするんだけど、魔王化を拒否することに理解を示すホーネットがむしろ魔王に従うだけに過ぎないのが互いの立場をよく表してて良い。ランス君に対してちょっとバカだって言ってたけど、サテラも結構バカだよ……。そんなボケもツッコミもできるキャラだからヒロインとして抜擢されたんだろうね。
アリオス:良い意味で本物の道下。むしろ道下を極めたので1周回ってキャラが立ったと思う。プレイ中はものすごく同情した。それにしてもコーラからあんなに意味深なセリフを吐かれ続けてるんだから、少しは疑いなさいw
アールコート&ウルザ&クリーム:参謀ズ。この人らは秘書に欲しかったな。基本的には3人1組で動いてたけど、ランス君への態度や悲観的・楽観的・現実的な考え方の違いなど個性はあった。
パステル・カラー:へっぽこ女王で良い。泣き虫じゃなくなったけど、とにかくポンコツ。性質上、ギャグ要素を一手に引き受けていた。よく考えると、娘のリセットと共にランス君の夫婦家族としてはかなりの登場回数になるんだな。
リセット・カラー:第一部であまり登場する機会がないなと思ってたら、そういうことだったんだね。娘であり、かつみんなのお姉さんで、それでもダークランスの妹という新しい属性を切り開いたと思う。
魔想さん:第二部のキーパーソン。娘であり、父の代わりであり、ヒラミレモンであり……、とこれまた業の深い性癖を持ったお方。
かなみちゃん:こんなに強いかなみちゃんはかなみちゃんじゃないやい。娘は良かった。鈴女とはもちろん別人だが、ちゃんと忘れてなかったんだな、って。
ラ・ハウゼル:1周目の一番最初に挑んだ魔人で、ここまでギャグ要素が盛りだくさんの魔人戦で度肝を抜かれた。その後、ガルティア討伐に出かけてメディウサ放送とのギャップに驚いた。でもハウゼル可愛い。
レイ&メアリー:鬼畜王ランスからどういう風にアレンジされるかと思っていたが、2人共救われて良かった。戦闘でも使えて強くてお気に入り。
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